ワイラー監督の作品には、

ワイラー監督の作品には、演劇を原作とするものが多く、反ナチの姿勢が有名な、米の女性劇作家リリアン・ヘルマン(1905~84)の戯曲「子供の時間」を原作にした『この三人』で、演劇的空間を、映画的空間に、精緻に置き換えることに成功し、ワイラーの演劇好き、ドラマの神様の基礎を築いたといわれる。ワイラー自身もこの成功を、誇らしく思っていたのか、同じ原作の狙いを換え、後年『噂の二人』として再映画化した。リリアン・ヘルマン好きは、ヘルマンの別の戯曲「子狐たち」も取り上げ、『偽りの花園』にした。シドニー・キングスレーの「デッド・エンド」も同題名の映画にしているし、『探偵物語』は、キングスレー戯曲の、二本目の映画化なのである。シリアスな、リアリズム調のアメリカ演劇(日本では「新劇」として扱われる)が、文学と並ぶ、或いはそれ以上の地位を獲得したのは、リリアン・へルマンが活躍を始めた、1930年代からで、その後1950年代まで、「演劇の時代」は続いた。当時はニューヨークのブロードウェイで、ミュージカルでないシリアス演劇が、次々とヒットを飛ばし、アメリカ文化をリードした。それを支えた作家群には、「ガラスの動物園」「欲望というな名の電車」「熱いトタン屋根の上の猫」などのテネシー・ウィリアムズ(1911~83)、「愛しのシバよ、帰れ」「ピクニック」「バス・ストップ」などのウィリアム・インジ(1913~73)、「セールスマンの死」「るつぼ」(映画化題名「サレムの魔女」)「橋からの眺め」などのアーサー・ミラー(1915~2005、一時マリリン・モンローの夫だったことで有名)らがいるが、あまり演劇通でない人でも、これらの作家名や、戯曲の題名は、聞いたことがあるという人が多いはずで、それほどまでに、当時のブロードウェイのシリアス演劇は、ポピュラーで、隆盛であったということである。そしてこれらの戯曲は、すべて映画になっている。シドニー・キングスレーも、こうした「演劇の時代」の劇作家の一人で、「探偵物語」も、そうしたシリアス演劇の流れの中での、名作戯曲の一本で、ワイラー作品は、それの映画化なのである。『探偵物語』(邦題も原題も「探偵物語」)が、「探偵もの」であろうと「刑事もの」ものであろうと、こうした演劇の時代の秀作として、まず捉えておく必要があるだろう。